保育・教育理論
「子どもの主体的なあそび」をどう実践し、展開していくのかが、当研究会の根本的なテーマ。辻井正先生の「ピラミーデ教育法」に学び、リヒテルズ直子先生の「イエナプラン教育」に導かれ、私たちの実践の基礎となっている理論をご紹介したいと思います。
1.アタッチメント
2.ニアネス・ディスタンス
3.経験と連続性
4.言語化と表現
5.自己意志の尊重
6.ウェルビーング
「養育者と子どもの間に築かれる特別な絆のことをイギリスの精神科医、ボウルビィは「愛着(アタッチメント)」と名付けました。子どもは親(養育者)から、スキンシップや優しい声掛けなど無条件の愛情を受け、「自分は愛されている存在だ」という安心感を持ち、愛着が育まれていきます。愛着が強固になると絆が深まり、子どもにとっての何よりの安心安全な場所、“安全基地”が生まれます。それが「愛着の絆」です。この絆があれば、子どもはその人がそばにいなくても、安心して外の世界へ出ていくことができます。そして、自己肯定感や他者への信頼につながっていきます。
ボウルビィの愛着の発達過程
第1段階
(誕生から生後8〜12週ごろまで)
誰に対しても同じような反応を示す。
第2段階
(生後12週ごろ〜6ヶ月ごろまで)
特定の相手に愛着を抱きはじめる。
第3段階
(6ヶ月ごろ〜2、3歳ごろまで)
特定の相手に愛着を持ち、常にその人と一緒に いたいという態度を示す。
第4段階
(3歳ごろ〜)
離れていても心の中に特定の人との絆が できてくる。

※各段階の時期には個人差があります。

(エコチル調査 大阪ユニットセンターホームページより転用)

「愛着の絆」は、子どもたちが家庭を離れ長時間過ごす保育の場では、何よりも必要なことであり、無くてはならないものです。そのために保育園は、「質の高い保育士の育成」に努めつつ、「子どもの主体性を大切にした保育内容」を確立すべきだと考えます。
ピラミーデ教育法の理論の中に、ニアネスとディスタンスという基礎概念があり、この理論には次の2つの考え方があります。

1.ニアネス(寄り添うこと)とディスタンス(距離を置くこと)

2.抽象性と具体性

この根幹となる理論を説明したいと思います。
1.ニアネス(寄り添うこと)とディスタンス(距離を置くこと)の考え方

「ニアネス」とは、子どもが保育士を必要としている時、保育士はその子に近づき、寄り添い安心感を与え、問題解決を図っていきます。
子どもは保育士の援助により安心し、安定することによって、生活や遊びにも主体的に活動する姿が見られます。 「ディスタンス」とは、子どもが保育士との“愛着の絆”を築き、保育園生活に安心感も持ち、機嫌よく一人遊びに熱中している時や、友だちやグループで遊びを進めている時、保育士は離れて見守っていることが望ましいとされています。

【ニアネス(心理的に寄り添うこと)の事例】

【5歳児/テーマ活動の場合】

C君は、テーマ活動の説明を全体の中で受けたが、自分は何をしてよいのかわからない様子だ。しかし周りはグループに分かれ、どんどんテーマ活動の準備をし、進めている。同じグループの子どもたちもC君に声をかける様子もない。保育士がそばに行ってC君に何に困っているかを聞き、グループの子にも声をかけ、C君の参加すべきことを見つける。安心したようにC君はグループの中に入る。保育士の援助により、C君は自分を見守ってくれる保育士が側にいることに安心し、グループに入ることができた。他の子どもたちもC君の存在を意識することで、仲間意識に繋がり、C君の今後の活動への参加意欲に繋がる。

【1歳児/型はめパズルに挑戦】

型はめパズルをしているAちゃん。なかなか上手くはまらない場所があり、諦めそうになっている。そこで保育士が近づき、そっと手を持って回してあげると、上手く入った。自分で遊んでいるのだからと援助せず、諦めさせてしまうより、保育士が少し手助けをしてあげることにより、感覚的なヒントを与えてあげられた。「できた!」という1歳児なりの達成感を得られたことで、遊びに対して意欲的になり、次の発見に繋がる。

【2歳児/保護者との朝の別れ】

M君が母親と離れる時に大泣きをしている。母親は時間も無く、気になりながらも出かけて行った。保育士が、一度抱きしめて落ち着かせてから今朝の状況を聞くと、「靴を自分で履きたかった・・・。」という理由だった。「偉かったね!でも、お母さんはきっと早くお仕事に行かなくちゃならなかったんだね。明日は自分で履くところを見てもらおうね!」とM君の気持ちに寄り添うように話し、気持ちを一度受け止め、母親の状況も話し、落ち着かせる。M君の気持ちを理解し共感することによって、自分を理解し寄り添ってくれる大人が側にいることに安心し、保育園が“安全基地”となる。
ディスタンス(心理的に距離を置くこと)の事例

【4歳児/保育室】

保育室はコーナー保育の環境が整っている。その中で、子どもたちはそれぞれコーナーに分かれて遊び、落ち着いている。保育士は室内の全体を見回し、ゆっくり観察しながら移動する。それぞれのコーナーを見ながら室内を回ることで、子どもたちの状況や遊びの様子を観察する。
2.抽象性と具体性

「大人は知らないことや経験したことがないことでも、レクチャーをうけることによって、知識として身につけることができます。大人になるまでの様々な経験を基にイメージすることもできます。しかし、子どもにはそれはとても難しいことで、実際に経験したことがないことに対しては、理解しにくく不安感を持ちます。また、時間の流れなど目に見えないものに対しても同じです。保育者はそのことを踏まえ、まずは「あっ、ぼく知ってる」「知ってるよ!」と、子どもの身近なものや、目で見て分かる具体的な遊びからスタートし、徐々に段階を追って理解を促し、子どもたちの知らないことや経験したことのない遊びへと導いていくことが必要です。このように段階的に進めていくことで、子ども自らの発見や気づきがあり、そこから深く掘り下げて考える力も育っていきます。この考え方で遊びを進めているのが、当研究会の研究テーマの根幹である「プロジェクト活動」です。

プロジェクト活動の1例
昔から「子どもたちの仕事は遊ぶこと」と言われています。誰もが聞いたことがあるフレーズでもあり、それだけ子どもが生きていく上で、遊びが重要なのだということを表しているのだと思います。しかし大人が子どもにかける言葉で代表的なものは「遊んでばかりいないで勉強しなさい」です。どうしてこういう矛盾が出てくるのでしょう。もしかしたら、机上の学習が中心だった永年の日本の教育のあり方が原因かもしれません。子どもが夢中で遊ぶ姿は「学び」そのものの姿です。そして、その学びは全て子ども自身の経験が土台になっています。

ここで一つ、どこの園でもありそうな事例を紹介します。

寒い季節を終え、陽気が春めいてくると、園庭のある園では子どもが自然と砂遊びを始め、そして少し汗ばむ頃、泥団子作りが盛んになります。保育士が見本を見せたり仕掛けたりすることもありますが、ほとんどは子どもの中から始まり、瞬く間に拡がります。最初は団子にすることすら難しく、「できない」と助けを求めても、こればかりは自分で何度もやってみないと上手く丸められません。友達や年上の子どものするのを見て、「ああいうのを作りたい」と何度も挑戦するうちに上達していきます。そうすると次は、「もっと固くしたい」、「ピカピカにしたい」とその方法を探ったり、調べたり、試したりと更なる高みを目指します。どこの土が固くするのに適しているかを見つけ出し、ピカピカにするための粒子の細かい砂(子どもたちは“さらすな”と呼びます)に仕上げる方法を編み出します。そして、思い通りのものが出来上がったときの満足感・・・。
このように、子どもは見ることから始まって、興味を持ったことは、自分自身で習得していく力を持っています。私たち保育者はその力を信じること、そしてそれができる環境を用意することが一番必要なことだと思います。泥団子作りのように、最初は上手くいかないことでも、繰り返すことで習得し、その経験が子どもの中で定着します。この「繰り返すこと」はとても大切で、この繰り返しがあるからこそ、新たな気づきや発見があり、遊びが深まります。そして、思考や認識に繋がっていきます。
子どもは乳児期の片言や単語から始まって、成長とともに多くの言葉を獲得します。個人差や育つ環境により違いはあるものの、小学校入学前の5・6歳児で3,000語程度、そして20歳になる頃には50,000語程度の語彙量があると言われています(ウィキべディア参照)。しかし、日本人は諸外国の人に比べると、自分の言葉で思っていることや考えていることを表現することは苦手とされてきました。従来の聞く学習が中心だと、どうしても発言する機会が少なくなり、発言するときは、何かを答えるときや発表するときに限られてしまいます。いざ自分の考えを話そうとすると、構えてしまって上手く言葉に出来ないという経験は誰もが持っているのではないでしょうか。 子どもは遊びの中で様々な言葉を使います。物の名前はもちろん、感じたこと、不思議に思ったこと、友だちがしていること、これからやろうと思っていること等々。保育者や友だちに共感して欲しくて一所懸命伝えようとします。これはチャンスです。私たち保育者は、もっと子どもが話す言葉について意識する必要があります。ただ聞くだけでなく、「どうしてそう思ったの?」「これはどうやって遊ぶのかお友だちに説明して」と、気持ちや考えを言語化できる場面を意図的に増やしていくことが重要です。言語化する力を遊びの中で育てていくのです。 また、ピラミーデ教育法の中に“サークルタイム”という時間があります。この時間は対話の時間です。皆の中で自分の想いや考えを聞いてもらう、そして相手の話も聞くということを、1日の生活の中に毎日自然に取り入れることにより、幼い時から皆の中で話すことに慣れるということが、将来に繋がる大切な経験になるのです。
保育者は子どもに楽しんでもらおうと様々な工夫をします。それが保育の醍醐味でもあります。しかし、与えるばかりが保育ではありません。1日の中で、子どもが受け身ばかりでなく能動的に活動し、自分で選んで決定する場面はありますか?

自分で遊びを選ぶことができる保育環境

保育室に様々な遊びのコーナーが設置された“コーナー保育”は、沢山ある玩具の中で自分が遊ぶ玩具を選び(自己選択)、それで遊ぶということができます。自分で選んで自分で決める(自己決定)とういう経験を重ねることは、自分の自信となり、自分の行動に責任を持つことに繋がっていくと思います。
大人が指示し、子どもたちが指示通りに動くという教育から、子どもが見通しを持って、1日の流れを主体的に考え行動することが日常になっている保育・教育こそが、子どもを一人の人間として尊重することだと思います。

個々の生活リズムの違い

食事のペースは個々によって大きく違います。排泄の感覚も同様です。小食で食べるのに時間がかかる子どももいれば、沢山食べる子もいます。一斉に決められた時間に一定量を食べなければいけない食事では、苦痛になっている子がいるかもしれません。食事の量や食事時間をある程度自分で選択できるシステムを取り入れてみてはどうでしょうか。
トイレに行くのも、いつも一斉である必要はありません。戸外活動等ある一定の保育内容では、いま行っておいた方が良いと促さなければならない時もあるでしょう。しかし、日常の生活では自分で状況を見て、「行っておいた方がよい」、「いま行きたい」という選択を、子ども自身が持てるような教育が必要だと思います。
子どもは園で1日8時間から11時間過ごします(もっと多く過ごす子もいます)。眠っている時間を除けば、ほとんどの時間が園での生活です。子どもの1日を考えるとき、友達と一緒に遊びを楽しみたいときもあれば、一人で過ごしたいときもあるはずです。身体を思いきり動かしたいときもあれば、のんびりリラックスしたいときもあるでしょう。 それら全てが整えられることで、子ども一人ひとりにとって、園はウェルビーング(幸福で心から安心できる)な場所となると考えています。私たち保育者は、常に自分の園が子どもにとって、そのような環境になっているかを見直し、実践していくことが必要です。